『グッバイ・ゴダール!(Le Redoutable)』と『中国女(La Chinoise)』

『グッバイ・ゴダール!(原題:Le Redoutable)』を観た。
ジャン=リュック・ゴダールの2度目の妻、アンヌ・ヴィアゼムスキーの自伝が原作。ちなみに原題の“Le Redoutable”は、直訳すると“恐るべき奴”となるらしい。
時代は1968年。パリ5月革命の年であり、ゴダールはトリュフォーやレネ、ルルーシュらとともにカンヌに乗り込み、映画祭を中止に追い込むという映画史に残る“事件”を起こした。
前年の1967年、ゴダールが撮った映画が『中国女(La Chinoise)』。その主役を演じたのがアンヌ。19歳、哲学科の大学生だった。二人は67年のうちに結婚する。

『グッバイ・ゴダール!』は、アンヌとゴダールの恋愛物語というかたちをとりながら、ゴダールへのオマージュになっています。特に、『中国女』への入れ込みようは熱く激しいものがあります。
…と言うか、「あとから作った『中国女』のメイキングムービー」を目指したのかも。もちろんドキュメンタリーではないのですが。

ところで、『中国女』ってどんな映画?
私は、1975年にアテネフランセで観ました。パリのアパートに集まるちょっと左寄りの若者たちの話。最後は暗殺が絡んだかも…
アンヌが毛沢東語録(フランスでは Petit Livre rouge(小さな赤い本) と呼ばれた)を掲げるカットが印象的でした。政治的なメッセージを思い切り前面に出した不思議な映画…

印象的だったのは、黄色と赤を画面内に積極的に配した美術的なセンス。お洒落だった!そしてアンヌのなんとなく場違いな可愛さ。

『グッバイ・ゴダール!』は、『中国女』の黄色と赤を見事に引き継いでいます。ゴダールの図抜けた美術的なセンスを再現。衣装もよくて、60年代後半の空気をしっかりと伝えてきます。

『グッバイ・ゴダール!』の中に、ゴダールが、『中国女』の中国での公開を目指していたというエピソードが出てきます。思わず笑ってしまいました。『中国女』を観たことのある人なら分かるはず。それは不可能だ!

ゴダール自身は、その時代、毛沢東主義に傾倒し、だからこそ『中国女』を撮ったのですが、それは中国にも中国人にも通じない。ゴダールの“営業”は、「馬鹿馬鹿しい映画だ」と中国大使館に一蹴されてしまいます。
ゴダールにとって毛沢東はアイドルだったのです。私を含む当時の映画青年たちにとってゴダールがアイドルだったのと同じように。

私自身、『中国女』を観た時期、毛沢東の考え方とは一線を画すようになっていた。文革…正しいのか?と。
ただ、だからと言って、映画『中国女』が“×”とはならない。それどころか、私にとっては、いまだに一番好きなゴダール映画なのです。

ゴダール映画を観たことない人が、『グッバイ・ゴダール!』を観たらどう感じるのだろうか… ちょっと政治的な時代の天才映画監督と若い女優の恋愛物語として楽しめるのか…
映画館の客席で、心の中に『中国女』がまざまざと蘇ってしまった私には、『グッバイ・ゴダール!』を冷静に評価することはできない。なによりもゴダールは私のアイドルなのだから。