今、『リチャード三世』を観て何を考える…

このところシェークスピアづいています。映画『ハムネット』、ナショナルシアターライブ『ハムレット』、そして、PARCO劇場『リチャード三世』(演出:森新太郎/主演:吉田羊)。圧倒的にリスペクトしているわけではないので、偶然なのですが…
正直に言おう。私は吉田羊ファンだ。
最初に舞台で観たのは、2016年の『エノケソ一代記』(作・演出:三谷幸喜)。当時関係者宛に送った観劇メモを見ると、「吉田羊さん、すごく良かったです! 衣装もヘアメークもお見事。モボモガのポスターからそのまま飛び出してきたような。そして横顔の美しさ! すなわち鼻筋の美しさなのでしょう」と。
もうべた褒め(笑)。完全に塡ってます。同時に、「変な名前の女優さんが出てきたな」とも… その後、舞台で、映画で、ドラマで注目し続けています。昨年の映画『遠い山なみの光』(監督:石川慶)は素晴らしかった!
で、『リチャード三世』です。吉田羊がリチャード三世を演じるということで、「ジェンダーの壁を越えて…」みたいな劇評もありますが、そこまで言わなくてもかな。
中性的なキャラクターとして演じているのは確かですが、一人称は「オレ」なので、宝塚の男役の世界とも見えました。
リチャード三世。ヨーク朝最後のイングランド国王で、兄や貴族を策略によって次々と葬り、王位を奪取する。
狡猾。残忍。一方、稀代の詭弁家で、有る事無い事ない交ぜにしてまくし立て、役に立ちそうな人物を次々と引き込んでいく。やがて「騙された」「乗せられた」と気付いたときにはもうリチャード三世の掌の上。排除され殺されるしかない。
誰かに似ている… 上演中、途中からそう思えてきた。既存の権力構造を破壊する強烈な押し出し。メディア操作に長けている。宗教を都合のいい解釈で悪用する。そして敵対者に対する容赦のない姿勢。
トランプだ!
それを意識した森新太郎演出もあって、ホワイトハウスに似た演壇に吉田羊が立ち、マイクを腕で抱え込みながら、熱烈な演説を行う。聖書を掲げて反論を封じる場面もあった。
舞台は、上半分に暗幕を垂らし、左右は目一杯。横長の空間にしてある。映画で言えばシネマスコープの世界。
森新太郎は、「極めて横長な舞台空間は、歴史絵巻のように眺めてほしいという考えから」と語っているが、その狙いは通じているのかどうか…
舞台は広いのだが大道具は最低限しかない。「何もないからこそ、すべてがある」というミニマリズムは、観客が自らの思考を介入させる余白だと言うが、わたし的にはピンとこなかった。想像力を働かせる引き金になるものが不足している感じだ。
俳優陣はどうだったか…
実はとても役の多い芝居で、全57役。吉田羊は、ほぼ出ずっぱりなのでリチャード三世だけ。あと56役を9人の俳優が演じます。大きな役も小さな役もあるが、俳優にとってこれは大変でもあり、楽しみでもあったでしょう。
吉田羊の熱演は言うまでもありません。シェークスピアの原作に従って、「せむし(脊椎後弯症による背中のこぶ)」や「片足の不自由」という身体的特徴を舞台上で再現するという困難さに挑戦。性格の悪さも、実に見事に表現していました。
バッキンガム(リチャード三世の腹心だが、のちに粛清されてしまう)を演じた赤澤遼太郎が素晴らしく輝いていた。身体能力が高く、全身を使った演技は注目に値。横長の舞台を完全に使い切ったのは赤澤遼太郎だけかも知れない。
中越典子のリッチモンド(のちの初代チュードル朝国王ヘンリー七世)と、渡辺いっけいの複数の役も印象に残った。
他の俳優たちは、厳しく言えば役をステレオタイプでしか理解してない感じ。複数役を演じる難しさはあったとは思うが。
森新太郎演出の真骨頂はラストシーンだ。
吉田羊演じるリチャード三世が、中越典子演じるリッチモンドによって打ち負かされる。そこまでは原作通り。
その後…
シェークスピアの原作では、リチャード三世という絶対的な悪が滅び、リッチモンド(ヘンリー七世)による未来の平和を祝う輝かしい演説で劇が閉じる。いわゆる大団円だ。
しかし、今回の森演出では…
ネタバレになるので詳しくは書けないが、「森新太郎は、『リチャード三世』のラストシーンをまったく違う方向に展開した」とだけ書いておきます。それを見届けるだけでも、この舞台を観る価値はあるでしょう。
で、
PARCO劇場の最大の魅力は、はねたあと外階段で8階から歩いて降りられること。
非常階段的な外階段ではなく、そこからの眺望も含めて建築デザイン的に考え抜かれている。
長~い外階段を下りながら、今観た芝居を反芻する。他の劇場にはない楽しみです。
マチネだと夕刻になるのでベスト。ソワレがはねた後の夜景もいいですよ!
追記:
シェイクスピアが『リチャード三世』を書いたのは、1592年か1593年とされています。
当時の君主はエリザベス一世。リチャード三世を倒して初代チュードル朝の王となったリッチモンドの孫です。
シェイクスピアにとっては、「現在のロイヤルファミリーの始祖」を悪く描くわけにはいかなかった。そのため、原作では「リチャード=神に背いた極悪非道の怪物」「リッチモンド=神に遣わされた清廉潔白な救世主」という明確な対比が必要だったとされています。

