『花様年華』と『花様年華2001』

ウォン・カーウァイの代表作の1つ『花様年華(In the Mood for Love)』。2000年の作品です。
2023年から始まっているWKW4K(監督自身による4K-5.1chによるレストア)に含まれ、高画質・高音質での再上映が進んでいる。
Netflixでも観られるが映画館に足を運んだ。
長く一般公開されてなかった短編作品『花様年華2001』と併映だから。この短編は今のところ映画館でしか観ることができません。一部では、「伝説の短編映画」と呼ばれてきました(『花様年華』の世界を5.1chを満喫したかったという事情もある)。
まずは、『花様年華』です。
超美男子と超美人による、おそらくプラトニックな浮気恋愛物語。
…と書いてしまうと、「ありきたりなメロドラマ?」と言われてしまいそうだ。
そう! 大メロドラマだ。しかし1ミリもありきたりではない。それがウォン・カーウァイの凄いところ。
タイトルになっている“花様年華”は、「花のように美しい歳月」を意味する。
主役はチャウ(演トニー・レオン)とチャン夫人(演マギー・チャン)。偶然、アパートの隣室に住むことになった二人が狭い部屋や夜の路地裏で密やかに時を過ごす。その時間こそが互いの人生にとって、まさに「花様年華」であったと。
耽美である。
なによりもマギー・チャンとトニー・レオンがメチャクチャ美しい!
マギー・チャンがまとった美しいチャイナドレスは数え切れないほど。トニー・レオンは常に仕立てのよいスーツにネクタイ。髪はポマードで固めて乱れることはない。
で、私は耽美がちょっと苦手(笑)。
フェリーニは大好きだがビスコンティはちょっと…
鈴木清順の『けんかえれじい』や『東京流れ者』は大好きだが、『ツィゴイネルワイゼン』『陽炎座』はどうも響かない。
という感じだ。
その私であっても、『花様年華』におけるウォン・カーウァイの美意識には痺れた。
ハイヒール、スリッパ、アパートの調度品、煙草の煙… すべてが耽美でアンニュイを漂わせる。
カメラは盟友クリストファー・ドイル。
1994年の『恋する惑星』ではドキュメンタリーのようなアクティブなカメラワークを見せたが、『花様年華』では抑制的に美を追求する。編集も相まってだと思うが、敢えて「観客が見たいと思うものを見せない」という意図も感じられた。
メインの舞台は1962年の香港。撮影したのは1999年~2000年だ。1960年代の香港の雰囲気を再現するため、多くのシーンをバンコクで撮影したという。
キーワードは“狭さ”。アパートも階段も路地も町も職場もすべてが狭い。それが香港だ。
クリストファー・ドイルは、バンコクで香港の狭さを見事に再現している。
狭~い世界にウォン・カーウァイの耽美の華が咲くという具合だ。
『恋する惑星』には香港を地べたから見据える視点があったが、『花様年華』ではアッパーミドルの世界にドップリと浸り込んでいる。
トニー・レオンは新聞社の編集者をしながら小説家を目指すイケメン。マギー・チャンは商社の美人社長秘書だ。
1990年代から2000年にかけてウォン・カーウァイとともに香港ニューウェーブ(香港ヌーヴェルヴァーグ)の両雄と称せられたフルーツ・チャン(陳果)が、徹底して地べた視点にこだわり続けたのに比べ、ウォン・カーウァイは『花様年華』を境に離れていった気がする。
1997年の香港返還が関係しているのかも知れないが、詮索は不粋だ。
表現者・芸術家は自分が作るものに対して概ね分析的ではない。本能的に時代や世の中を感じとって本能的に描き上げる。具体的な何かを伝えたいと思ったとき、その作品は駄作に堕ちる。
…とは余談ですが(笑)
そもそも『花様年華』はどこから始まったのか…
ウォン・カーウァイがマギー・チャンと食事をしたときに、『食にまつわる三つの物語(THREE STORIES ABOUT FOOD)』という短編3作品構成のオムニバス映画というアイデアが生まれたという。モチーフは、「電気炊飯器」「インスタントラーメン」「24時間営業のコンビニ」だ。
このうち、「電気炊飯器」が『花様年華』になる。ただ完成した作品では電気炊飯器はモチーフの1つというほどでもなく、小さなエピソードとして何度か登場するのみ。電気炊飯器を花様年華に昇華させた! やはりウォン・カーウァイは凄い!
「インスタントラーメン」は未完。未着手かどうかは不明だ。
で、「24時間営業のコンビニ」が、『花様年華2001(In the Mood for Love 2001)』になる。長さは9分だ。
トニー・レオンは場末のコンビニ店主。マギー・チャンはいつもケーキを買いに来る常連客。
主演2人は同じだが、『花様年華』のチャウとチャン夫人ではない。
1962年の香港にいた2人が年格好は同じまま2001年の香港にもいる。パラレルワールドだ。
60年代、花のように美しい歳月を過ごしたアッパーミドルの2人が、2001年、香港の地べたにいる。
何があったのか詳らかにはならないが、ある晩、コンビニに現れたマギー・チャンはケーキをやけ食いして、店内で酔い潰れてしまう。そして… というお話。
私にとって興味深いのは、『花様年華』ではアッパーミドルの世界に浸りきったウォン・カーウァイが、パラレルワールドとして香港の底辺を描き続けていたこと。香港返還を経て揺れ動いていたのか… 単に両方に興味があったということなのか… これまた詮索は不粋なのかも知れません。
ちなみに2作品の製作は同時並行的に進み、当時の現代劇である『花様年華2001』の撮影が先に完了。近過去時代劇である『花様年華』には手間が掛かったそう。
『花様年華2001』と並べ見ることによって、傑作『花様年華』がさらに深まることは間違いないでしょう。

