『済州島四・三事件 ハラン』(ハ・ミョンミ監督)

今や「東洋のハワイ」などとも呼ばれリゾート地として知られる済州島。80年ほど前、この島で凄惨な大虐殺があったことを知らない人も多い。
「済州島四・三事件」だ。長い間、言及することすらタブー視され、人々は沈黙を強いられてきた。

ここ数年、良心的な作り手たちがタブーを超えて、「済州島四・三事件」を見直そうとしている。
2024年にノーベル文学賞を受けたハンガンの小説『別れを告げない』であり、ハ・ミョンミ監督の劇映画『済州島四・三事件 ハラン』(2025年制作)が大きな話題となっている。
ハランとは済州島にある漢拏山(ハルランサン)で冬に咲く蘭「ハラン」のこと。強い人間の意志と生命力を象徴している。

背景を少しばかり整理しておきます。
1945年8月15日、日本の無条件降伏により朝鮮半島は植民地支配から解放された。
しかし日本軍が去ったあとは米ソの分割統治下に。当初、全朝鮮を治める臨時政府の樹立が目指されたが、米ソの思惑、半島内での左右両勢力の激突があり実現できないでいた。
南朝鮮李承晩政権は朝鮮半島統一を棄て、南だけでの単独選挙(1948年5月10日)に打って出る。

これに対して済州島ではあくまで朝鮮統一を目指す人々(南朝鮮労働党など)が反対し、単独選挙実施の1か月ほど前の4月3日に武装蜂起する。蜂起と言ってもその規模は300人あまり。銃火器は30丁ほどしかなかったという。
この4.3蜂起に対して、米軍を後ろ盾とする南朝鮮(韓国)政府軍・警察及びその支援を受けた反共団体(西北青年会)が徹底した弾圧を開始した。蜂起が半島本土に及ぶのを恐れたのと、元々は独立王国で言葉も違う済州島に対する差別意識もあったとされる。
6年以上にわたり済州島では大弾圧、大虐殺の嵐が吹き荒れた。収束したとされる1954年9月までに130あまりの村が焼かれ、2万5千人から3万人の島民が犠牲になった。

映画は軍に追われる済州島の海女コ・アジン(演:キム・ヒャンギ)とその娘ヘセン(演:キム・ミンチェ)の命がけの逃避行を追う。
キム・ヒャンギの熱演には頭が下がった。感情の起伏を見事に表現。荒海で生きてきた海女の強さも深く意識していたと思う。3歳で広告モデルとしてデビュー。今や演技派として評価が高い。
オーディションで選ばれたというキム・ミンチェにも目を見張った。子役にありがちなオーバーな演技はなく、きわめて自然。それが凄いリアリティを生んでいる。この先どう成長していくかは分からないが、本作に関しては二重丸、いや三重丸だ。

他に俳優で印象残ったのは、日本で言えば巫女に当たる巫堂(ムーダン)を演じたカン・チェヨン。ニューヨーク大学でミュージカルを学んできたが、現在は映画でもドラマでもストレートプレーが中心のようだ。“花のある俳優”と感じた。
もう一人は、政府軍の中でクリスチャンの兵士の葛藤を見事に演じたキム・ウォンジュン。

たいへんな力作だ。暴力表現は抑制的だが、政治弾圧が持つ本質的な怖さ、恐ろしさは痛いほど伝わって来る。エンターテインメントの要素はない。真摯に「済州島四・三事件」と向き合っている。

 

いくつか気になった点としては…

ネタバレにはなってしまうが、この映画では登場したすべての一般島民は殺されてしまう。誰一人生き残れない。実際には地獄を見ながらも生き延びた人はいたのだが。
ハンガン『別れを告げない』では、「済州島四・三事件」で家族を無残に虐殺されたサバイバー(生存者)が大きな存在感を示す。
『済州島四・三事件 ハラン』では、最後、2025年の済州島が描かれる。ここをドキュメンタリーにしてサバイバーのインタビューを差し込んでもよかったのでは… などとも思った。ないものねだりだが。

映画の基本的な構図は、「国家(主に軍で警察も最後の方に出てくる) vs 武装蜂起隊という対立(実際には国家による祖国統一派の殲滅戦)の中で、逃げ惑い虐殺されていく一般島民」ということだ。
しかし、ここに西北青年会はまったく登場しない。西北青年会とはソ連占領下にあった朝鮮半島北部から逃げてきた若者たちによって組織された反共右翼組織だ。「済州島四・三事件」の住民虐殺にも深く関わっていて、その悪行非道ぶりは知られているところ。
ハ・ミョンミ監督がなぜそこを避けて通ったのか… 調べた範囲ではこのことに言及した監督インタビューはない。今のところ謎だ。

もう一つ、実は、韓国の標準語と済州語はかなり異なっている。日本の標準語と琉球語(ウチナーグチ)の違いほどだという。
『別れを告げない』でハンガンは、済州人のセリフを「標準語との中間地点」で書いている。完全な済州語で書いてしまうと、韓国本土の人間にはほぼ理解できなくなってしまうからだ。
斎藤真理子氏による日本語翻訳では、済州語の部分を「琉球語と標準語との中間地点」に翻訳していた。これによって済州島の暮らしをリアリティを持って感じることができた。
『済州島四・三事件 ハラン』でも、韓国標準語と済州語(おそらく本土で分かるレベルにした)が使い分けられているようだが、残念ながら、私たちにはその違いが分からない。字幕の表現を少し工夫してもらえたら…とは思った。

と、少しばかり辛口の批評を並べてしまいましたが、とても頑張っている映画です。
エンタメ要素を完全に排除してこのテーマで映画を作るのは、たいへんだったと想像がつきます。
そして日本は、日本人は、「済州島四・三事件」と無関係ではない。その少し前まで済州島を植民地支配していたのだ。映画の中で、敗走した日本軍が山中に隠していたダイナマイトがストーリー展開の鍵になる。島民を弾圧する軍・官憲の悪しき振る舞いは日本軍から受け継いでいる。
ここでは深入りしないが、済州島と大阪猪飼野の在日コリアンタウンには深~いつながりがある。
私たち日本人はいろいろなことを振り返り、そして考えながらこの映画を観る必要があると思う。

私には済州島にルーツを持つ友人がいる。シンガーソングライターのプーカングァン(夫赶寛)さんだ。親世代、祖父母世代は猪飼野と済州島の両方で暮らした。本人は猪飼野生まれだ。
プーさんの“夫”という名字は、済州島に伝わる『三姓神話』に登場する高・梁・夫の三兄弟に由来する。
15世紀初めに李氏朝鮮に組み込まれるまで済州島は耽羅(たんら)王国という独立国だった。その耽羅王国を建国したのが高・梁・夫の三兄弟と伝えられる。
ちなみに現在の韓国や在日コリアンタウンで、“夫”の名字を持つ人はほぼ100%済州島ルーツだという。

プーカングァンさんには、『済州島』という名曲がある。「済州島四・三事件」の犠牲者に奉げた歌だ。
プーさんの『済州島』を紹介して、この極私的映評を〆ることにします。

 

プーカングァン『済州島』(2024年12月1日収録)