『HOLDING LIAT(ホールディング・リアット)』は一筋の光明を示したか…

観たいような観たくないような、観たくないような観たいような…
『HOLDING LIAT(ホールディング・リアット)』をやっと観てきました。直訳すると、“リアットを抱きしめて”みたいな意味らしい。

2023年10月7日、ガザ地区からイスラエル南部への奇襲攻撃を実行したハマスが、1200人以上を殺害、250人以上を拉致し人質に。
ガザに近いキブツ(農業共同体)に暮らし、夫とともに人質になったアメリカ系イスラエル人女性、リアット・ベイニン・アツァリとその家族を追ったドキュメンタリーです。

この映画を観た監督や評論家は異口同音に語っている。「10.7をイスラエル側から見たドキュメンタリーだから、イスラエルのプロパガンダ映画だと思っていたが、違っていた」と。私が足を運ばなかったのは、「それでもイスラエル側の…」という思いが枷になっていたからだ。

リアットとその夫の行方も生死も分からない中、苦悩する家族にカメラは密着する。
リベラルな思想を持つリアットの父はネタニアフ批判。3人の子どもたちの意見は割れる。批判よりも救出を優先すべきだという主張。ハマスはおろかパレスチナ人全体に怒りを向けるものもいる。スタンフォード大学の名誉教授である伯父は、イスラエルとパレスチナの間にある構造的問題に目を向けるべきだと訴える(この伯父は中東史の専門家で、長年に渡ってパレスチナ人の権利や自決権、安全と平和を訴え続けている)。

リアットは54日間の拘束ののち解放される。拘束中に死亡したとみられる夫の遺体が返されたのは613日後だ。

この映画に関して1つ特記しておく必要があるのは、監督のブランドン・クレーマーとプロデューサーのランス・クレーマーが、リアット一家の親戚にあたることだ。あらかじめあった信頼関係がギリギリを局面を記録することに貢献した(クレーマー兄弟自身もそう述べている)。

映画は解放されたのちのリアットを追ってエンディングへ向かう。
54日間、ある家族の中で拘束されていた。しかしそこに怒りはない。むしろパレスチナ人への共感を強めている。
「第2次世界大戦時のワルシャワ・ゲットーでは、私たちは壁の向こう側にいた。今、私たちは壁のこっち側にいて、向こう側を見ていない」という意味のことを語る。
ただこの映画は十分ではない。「壁の向こう側」は、結局、見えてこない。

解放されたリアットが何を語るのか… 監督のブランドン・クレーマーにもまったく予想はついていなかったはずだ。だからこその緊張感、だからこその説得力があった。

パンフレットの裏表紙にリアットの短い言葉がある。
「3人の子どもたち、そしてガザの子どもたちのために、より良い未来を築くことに焦点を当てたい」

『HOLDING LIAT(ホールディング・リアット)』は、パレスチナ-イスラエル問題に一筋の光明をもたらしたと言えるかも知れない。しかし今の政治状況を見ると、その光明は、“かすかな”と言ってもオーバーなほどだ。それほどに辛く悲しい現実がある。