台湾映画『霧のごとく(原題:大濛)』

映画は1953年の台湾南部、田舎町の嘉義から始まる。
サトウキビ畑に隠れ住む民主活動家の青年阿雲(アグワン)が官憲に見つかり逮捕される。
映画の主役は阿雲の妹阿月(アグエー)だ。ケイトリン・ファンが演じる。
話題の台湾映画『霧のごとく(原題:大濛)』を観てきました。チェン・ユーシュン(陳玉勳)監督作品。大濛は台湾語で「濃い霧」「深く立ち込める霧」という意味です。
この映画の歴史的な背景を少しばかり整理しておきます。
1945年の日本の無条件降伏により日本による台湾統治は終焉。日本軍および日本人民間人のほとんどは台湾から引き上げました。
そこに入れ代わるように中国本土から入ってきたのが外省人。
蒋介石率いる国民党が国共内戦に敗れた1949年には約200万人が流入したといいます。
政府が丸ごと移転してきた形なので、政治の実権は外省人が握ることに。
17世紀以降に中国本土から台湾に移住していた人々(=本省人)と外省人の間に軋轢が生じます。
頂点に達するのが1947年の二・二八事件。
台北市で発生し台湾全土へ波及した民衆蜂起と国民党政府による武力弾圧。犠牲者数は1万8千〜2万8千人とされています。
二・二八事件が大きな契機となって、台湾は白色テロが吹き荒れる恐怖政治の時代に突入(戒厳令が布かれたのは1949年だが、国民党政権による強権支配はそれ以前から始まっていた)。
こう書くと本省人対外省人の構図がクローズアップされますが、本省人か外省人かに関わらず多くの市民が拘束・虐殺されました。戒厳令が解除されたのは1987年。白色テロの時代は実に38年に及びました。
『霧のごとく』に戻ろう。
阿雲と阿月の故郷である嘉義は二・二八事件の激戦地のひとつ。
映画の中では明言されてないが、阿雲は二・二八事件に関係して追われていたか、その意を継ぐ民主派の活動家という設定だろう。
阿雲が逮捕された翌年、阿月のもとに悲報が届く。阿雲が銃殺刑に処せられたというのだ。13歳か14歳と思われる阿月は一人台北へと向かう。兄の遺体を引き取るために。
ごった返す台北の下町。日本の焼け跡マーケットを彷彿させる。
至るところに詐欺師、スリ、泥棒、女衒がうろつく。阿月も危うく遊郭に売り飛ばされそうになる。それを救ったのが元国民党軍兵士の趙公道(ザオ・ゴンダオ)。本土に居場所を失い台湾に流れて来た。
歴史設定、ストーリー設定を考えると、きわめてシリアスな厳しく辛い映画のように感じるが、チェン・ユーシュンは数々のユーモアを絡めて心温まる社会派エンタテインメントに仕上げている。
誤解を恐れずに言うなら、阿月と公道の珍道中。途中で阿月の姉で台北の歌舞団で人気を博す阿霞(アシア)も絡んでくる。
キャスティングが素晴らしく良かった。
阿月を演じたケイトリン・ファンはアメリカ生まれで台湾のアメリカンスクール育ち。台湾語はほとんど話せなかったが特訓したという。
伝わって来る純真さはケイトリン自身が持つもの。泥臭さは役作りの賜物と感じた。
すでに天才的な表現力が高い評価を受けているが、今後、さらに活躍すると思う。
趙公道は香港の俳優ウィル・オー。リアリズムと言うよりは劇画チック。少しオーバーな芝居が、この映画のエンタメ性を支えている気がした。いつの間にか公道に感情移入していた。
阿霞は台湾出身でニューヨークを拠点に活躍するミュージシャン 9m88(ジョウエムバーバー)が演じる。圧倒的な役作り。熱演であり名演だった。
そして超悪役として登場する特務機関の幹部範春を演じた陳以文(チェン・イーウェン)を忘れてはいけない。俳優であり映画監督でもある。
憎々しいことこの上なし! 少し劇画調の素晴らしい演技だった。
映画は最後、登場人物たちのその後の人生を綴っている。超悪役の範春がどうなったか… それは観てのお楽しみ(笑)。
さて、原題の『大濛』が意味するところは…
歴史の中で犠牲になり、やがて消えるひとときの霧のように生涯を終えざるを得なかった人たちの無念。その彼らを記憶に留めておくべきではないか。
陳玉勳監督はインタビューでそのように語っています(多少意訳しています)。
「絶対にあの時代に戻ってはいけない。犠牲者たちの無念の思いに応えるためにも」という力強いメッセージを受け取りました。

