『No Other Land』が起こした奇跡

見逃していた『No Other Land -故郷は他にない-』(2024年)をやっと観た。
2019年。イスラエル人ジャーナリストであるユヴァルが、ヨルダン川西岸地区南部にあるマサーフェル・ヤッタを訪れる。マサーフェル・ヤッタは19のパレスチナ人集落が集まる地域だ。
ヨルダン川西岸地区における住民の立ち退きや家屋破壊の実態を取材するためだった。
そこで同地出身のドキュメンタリー映画監督のバーセルと出会い、友人になる。
バーセルはマサーフェル・ヤッタにおけるイスラエル軍の横暴をビデオカメラで撮影し、ネット配信する活動をしていた。
バーセルがユヴァルを住民に紹介する。
バーセル「彼はジャーナリストだ」
住民「どこから来た?」
ユヴァル「ベエルシェバ(イスラエル南部地区の都市)」
住民「アラブ人か?」
ユヴァル「ユダヤ人だ」
住民「ユダヤ人?」
住民「マジか」
住民「人権派のイスラエル人?」
最初こそ鼻で笑われるが、住民はユヴァルを受け入れバーセルとは深い友情で結ばれる。
ちなみにユヴァルはミズラヒム(アラブ系ユダヤ人)の血を引いているので、外見からはパレスチナ人なのかユダヤ人なのか分からない。今現在、イスラエルのユダヤ人人口は約750万人とされ、そのうち約45%~50%がミズラヒムとされる。パレスチナ人と異なるのは宗教だけだ。
私は1998年にイスラエルと西岸を訪れたことがあり、外見からパレスチナ人かユダヤ人かを判断できない人々がたくさんいると身をもって感じた。私が外国人だからではない。彼らの中でも見分けが付かないのだ。
宗教以外に異なるものがもう一つあった。車のナンバーだ。ユダヤ人の車は黄色ナンバー。パレスチナ人は緑色ナンバーだ。黄色はどこにでも行けるが、緑色は入れないところがたくさんある。
映画の話に戻ろう。
2人はドキュメンタリー映画の製作を目指して、イスラエル軍と入植者による侵攻・侵略を受けるマサーフェル・ヤッタとそこに暮らす人々の姿を記録し始める。
この映画の撮影時期は2019年から2023年10月までの約4年間だが、バーセルが子供の頃(2000年前後)から父親などによって撮られていた膨大なビデオ映像があり、有効に使われている。
『No Other Land』は、バーセルとユヴァルを含むパレスチナとイスラエルの若き映像作家4人が共同製作した緊迫のドキュメンタリー映画だ。
あらためて、監督4人を紹介しておこう。
バーセル・アドラー(Basel Adra / パレスチナ人)
ハムダーン・バラール(Hamdan Ballal / パレスチナ人)
ユヴァル・アブラハーム(Yuval Abraham / イスラエル人)
ラヘル・ショール(Rachel Szor / イスラエル人)
4人ともにディレクション、撮影、編集を兼ねている。
2024年のベルリン国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞&観客賞をW受賞。
2025年の第97回アカデミー賞では長編ドキュメンタリー映画賞を獲得した。
本作には、実際の銃撃の瞬間を捉えた衝撃的なシーンが2つある。
2021年1月1日、生活に不可欠な小型発電機を没収しようとするイスラエル兵に抗議したハルーン・アブ・アラムさんが首を撃たれ四肢麻痺に。その後、自宅住宅も破壊され洞窟で介護を受け続けるが、合併症等により2023年2月に命を落とした。
2023年10月13日には、バーセルのいとこが入植者に胸部を撃たれた。
住居を破壊する。学校も破壊する。井戸にはコンクリートを流し込む。イスラエル軍は暴虐の限りを尽くす。
命がけで至近距離から撮ったそれらの映像に怒りを覚えない人はいないだろう。
この映画は“奇跡のドキュメンタリー”と呼ばれている。
攻撃される側から攻撃側の非道を捉えたという勇気。しかしそれだけではない。
決定的な対立構造にあるパレスチナとイスラエルから若い製作者が集い協力し合い、命がけで優れたドキュメンタリー映画を作り上げたからだ。
攻撃されるマサーフェル・ヤッタとそこに暮らす人々の姿を記録するとともに、記録している側のバーセルとユヴァルをカメラは追い続けた。語り合うバーセルとユヴァルの姿が随所に挿入され、それぞれの葛藤、怒り、諦め… そういった思いをつぶさに追いかけて行く。2人のシーンは主にラヘルが撮ったらしい。
それが、“奇跡のドキュメンタリー”を生んだ。
この映画を「もう絶対に起きない奇跡」にしてはならない。
あまりに辛い状況に憤慨しながらも、「ドキュメンタリー映画は奇跡を起こし続けるだろう。いや、そうしなくてはならない」と確信した。
『No Other Land』を共同監督した4人のうち、イスラエル人の2人、ユヴァルとラヘルが作った映画が今年2026年のベネチア映画祭で大注目を浴び、世界を揺るがせている。『Naza』だ。
ベネチアで審査員特別賞を受賞。同映画祭史上最長となる25分間のスタンディングオベーションを受けた。
イスラエル軍の情報部員や兵士たちの証言を通して、ガザへのミサイル攻撃が民間人の被害を計算したうえだったという実態に迫るドキュメンタリー。
ネタニアフ政権は激怒し、2人の国籍剥奪まで口にしている。
ユヴァルとラヘルはネタニアフ政権にとっては、『No Other Land』ですでに要注意人物だ。その2人がテルアビブのビルの屋上で、極秘インタビューを敢行したという。よくぞ撮った!
日本公開が待たれる。

