劇団キネマ奥田塾『腐らない果実 – Fig』作・演出 奥田瑛二

奥田瑛二というのは不思議な役者だ。
『もっとしなやかに もっとしたたかに』(藤田敏八監督/1979年)、『もう頰づえはつかない』(東陽一監督/1979年)で彗星の如く現れた。“ちょっと癖のある2枚目”として、映画にテレビに引っ張りだこに。映画監督、画家としての顔も持つ。
テレビキャスターとして独特の切れ味を見せた安藤和津が妻。長女・安藤桃子は映画監督。次女・安藤サクラはもはや大女優の域だ。安藤サクラの夫は柄本佑。凄いことになっている。
ちなみに妻・和津との出会いは、半分ホームレスのような暮らしをしていた頃だったという。
酒絡みの武勇伝が山ほどあり、忖度のないストレートな発言も数々。わたし的には、“遅れてきた無頼派”みたいな印象を持っていた。“憧れのチョイ悪中年”というイメージも。
その奥田瑛二も76歳。後期高齢者ではないか!
5年前、私財を投じて劇団キネマ奥田塾を始めた。映画俳優の育成を目的とし無償で演技を教えている。
いわゆる小劇場とは異なり、すでにプロとして活動している俳優が塾生として集まっている。
…と、前段が長くなってしまったが、劇団キネマ奥田塾の第1回公演『腐らない果実 – Fig』を下北沢駅前劇場で観てきた。塾生+客演俳優数名による公演だ。
劇団の発表会の類ではなく、演技のレベルは高かった。奥田塾長曰く、「作りたいのは、100点を取って当たり前の集団」。意気込みだけではないと実感できた。
某地方都市の市役所でケースワーカーとして働く42歳の藍子が主役。彼女には裏の顔があり、出張風俗店の経営者兼店長でもあるのだ。演じるのは映画・テレビ・舞台で活躍する奥田塾塾生の田山由起。
様々な事情を抱えて風俗店で働く女性たち。やってくる男性客もまた様々な悩みや思いを抱えている。芝居の構成は笑いを誘う下ネタ満載だが、その中で“性”と“生”が深く交錯する。
タイトルにある“Fig”はイチジクのこと。無花果と書くくらいで外からは花が見えない。社会の片隅で虐待・貧困・差別を抱えて生きる女性たちが、それでも人知れず花を咲かせる姿を比喩しているようだ。
昨今、表現の世界では性的な描写が自粛傾向にある。一方、AVなどは何でもありの無法地帯になっている。ありふれた問題提起になってしまうが、「表現の自由」と「性の商品化」。いつの時代にも悩ましい。そこをちゃんと考えたいからこそ、性をあからさまに表現したと奥田は言う。
奥田自身が、藍子が担当する高齢の生活保護受給者と女性たちが屯する喫茶店のマスターを演じている。
1つ気になったのは、暗転による場面転換がとても多い。映画の場面転換のようだった。市役所の事務室、生活保護受給者の家、出張風俗店の控え室、喫茶店、客が待つラブホテルなどなど。構成上、場面が多くなるのはやむを得ないのだが、もう少し整理できなかったか… とは感じた。
もともと映画俳優を育てるための塾なので、敢えて映画的な構成にしたのかとも思うが。
田山由起、熱演に拍手! 特にトップシーンとラストシーンは奥田塾長と2人だけの芝居になるのだが、これは見応えがあった。
トップシーンではコミカルに下ネタを絡ませながら、観客を一気に引き寄せた。
ラストシーンでは大きな伏線としてあった藍子が2つの顔を持つ理由が解き明かされていく。深く辛い話なのだが、サスペンスの要素もある。この伏線の回収は心地良ささえもたらしてくれた。2人の高いレベルの演技があってのものだ。
ただ、最後の最後に教訓的なメッセージがあって、個人的には「ちょっと余計だな」と感じてしまった。“投げっぱなし”の部分があってもよかったのでは… 完全に好みの世界ですが。
前述の通り、俳優たちの演技のレベルは高かった。それぞれがステレオタイプに塡ることなく自分らしい役作りをしていた。
中でも印象に残ったのは、着物美人の風俗嬢を演じた雨宮萌果。この人、元NHKアナウンサー。ぶっ飛んだ芝居を見せてくれた(笑)。笑いを取る上手さがある。調べてみたら落語への造詣が深いらしい。
客演では久保寺淳。舩橋淳監督『過去負う者』での熱演が記憶にある。舞台で観るのは初めてだった。目力(めぢから)と独特の身体言語が魅力の女優だが、今回は板の上でその身体言語が炸裂。他の俳優とは異質の演技だが、それがこの芝居に広がりを与えていた。50歳デビューのワケあり風俗嬢(風俗おばさん)の役に久保寺淳を起用した奥田塾長の感覚も見事だ。
76歳になった奥田塾長。出演者としての2枚目ぶりは衰えていない。175㎝なのでそれほど長身ではないが、舞台の上で大きく見える。「人間、歳を取ると縮まって見えるようになる」と言われるが、その気配はまったくない。
奥田瑛二と劇団キネマ奥田塾にこれからも注目していきたい。

