『1975年のケルン・コンサート(KÖLN 1975)』(イド・フルーク監督)


「再現ドラマでしょ?」「いわば近過去時代劇ね」「うまくいってクイーンの『ボヘミアン・ラプソディー』止まり?」
あまり期待していなかった、『1975年のケルン・コンサート(KÖLN 1975)』(イド・フルーク監督)に大感動!

ジャズ史上に燦然と輝くソロピアノの名盤、キース・ジャレットの『ザ・ケルン・コンサート』を巡る物語だ。
…とは言え主役はキース・ジャレットではない。プロモーターとしてこの公演を実現させた18歳の女性、ヴェラ・ブランデス(演: マラ・エムデ)だ。同い年(学年は私が1つ上)で、1975年と言えば私自身ジャズに一気に傾倒していった時期だ。

映画は1970年代を見事に描き出している。まだ反体制の空気が色濃く漂う時代。街頭の風景、服装、そしてなによりも若者たちのがむしゃらな生き方! 涙が出るくらい嬉しかった。
ヴェラの部屋に飾られていたポスター。五芒星に拳のイラスト。あれは絶対に見たことがある。なんのポスターだったか…

『ザ・ケルン・コンサート』の曲名リスト見ると、“Part I”“Part IIa”といった記述になっている。曲名というものがない。
なぜかと言うと、テーマまで含めて完全即興だからだ。
主メロディすら決めておらず、ピアノを前にしたキース・ジャレットが、そこで感じたままを演奏していく。
ところが、その演奏は完璧で、高級感があって、穏やかで、気品すら漂う。
どう考えても選りすぐりのプロが集まって作り上げたライブアルバムと思ってしまうが、この日のコンサートに関わったプロフェッショナルは3人だけ。
ピアノの調律師2人と録音エンジニア。プロモーターサイドはヴェラを筆頭にまぁ素人集団だ。
ピアノはベーゼンドルファーのインペリアル・グランド・ピアノが用意されるはずだったが、手違いから、そこにあったのは練習用のピアノで鍵盤数が少ない。おまけにペダルが故障している。
さぁ、どうする!

ヴェラは、調べまくり、電話を掛けまくり、走りまくり、懇願しまくる。まさに極私的な話だが、わが20代の助監督時代を思い出した(笑)。不可能を不可能と思わないがむしゃらさだ。それを許してくれた70年代という時代があった。
ヴェラの熱意にほだされて前述のプロ3人が最高の仕事をしてくれる。かくして1975年1月24日の奇跡の名演と歴史的名盤が生まれたのだ。

ストーリーはほぼ実話だという。まさに、「事実は小説より奇なり」。
映画的にはハリウッドの真逆を行くような作り方。手持ちのアクティブなカメラワークに斬新な編集。現代のヌーベルバーグを目指したか…
ときおり俳優がカメラ目線で観客に話しかけてくる。異化効果の1つの手法だが、これが見事にはまっている。

この映画、ピーター・バラカンが字幕の監修を担当している。そのピーターですらケルン・コンサートの背景にこのようなドタバタした、そして心温まる物語があったことを知らなかったという。

監督脚本のイド・フルークはこのエピソードを雑誌で読みかじり映画化を思いついたという。
パターン化しがちなミュージシャン伝にまったく陥ることなく『1975年のケルン・コンサート(KÖLN 1975)』を作り上げた。
大きな拍手を送りたい!