『ハムネット』と『ハムレット』

今年のアカデミー賞(第98回)、事実上の次点とも言える『ハムネット』(クロエ・ジャオ監督/マギー・オファーレル原作)を観てきました。
さて、“ハムレット(Hamlet)”と“ハムネット(Hamnet)”だ。
16~17世紀においては、同じ名前とされていて、読みも綴りもどちらを使ってもよかったという。今回、原作でも映画でも、劇作上の人物・ハムレットと実在したシェークスピアの息子・ハムネットを区別しやすくするために、いわば便宜的に、かつてあった2種類の綴りと読みを使い分けているいるようだ。
こういった、実在の人物を扱った時代劇では、必ずどこまでが実話で、どこからフィクション?という疑問が湧く。
物語は、シェークスピアと妻の出会い(1581年か1582年)から、グローブ座における『ハムレット』の初演(1601年頃)までの約20年間を綴る。
ただ、この時代のシェークスピア一家については不明な部分が多く、妻アン・ハサウェイ(映画ではアグネスという名前になっている)との間に、長女スザンナ、長男ハムネット、次女ジュディスが生まれ、ハムネットとジュディスが二卵性双生児であるという家族構成。そして、ハムネットが11歳で早世という基本設定だけが事実で、あとは完全なフィクションのようだ。
タイトルは『ハムネット』ですが、主役は妻のアグネスと見るのが妥当でしょう。
演技的に素晴らしかったのは、そのアグネスを演じたのはジェシー・バックリー。
森の精と会話する能力を持ち、薬草の知識に長けた妻は、少し神がかっているようにも見える。
アカデミー主演女優賞を獲得したのも納得。「どうしたら、こんな凄い演技ができるんだ!?」と感嘆した。
ハムネットを演じた子役、ジャコビ・ジュープの演技も注目に値すると思う。
大半の舞台となるシェークスピアの生家(ヘンリーハウス)のセットは、時代感を見事に出している。作り物感ゼロ!
- 完全な余談ですが、ヘンリーハウスには既視感がありました。なぜか外房丸山町に、「シェイクスピアカントリーパーク」というのがあって、そこに再現されたヘンリーハウスを何度か訪れたことがあるのです。けっこうよく出来てます。なぜか丸山なのですが(笑)。
グローブ座の再現もよかった。野外劇場であったことを初めて知った。「こんなだったんだ!」と素直に感動。
それにしても、なぜシェークスピアは、早世した息子の名前を劇作のタイトルに冠し、主役のデンマーク王子の名前にしたのか?
情念?愛と死?それだけでは納得できない部分がある。要するに、動機の部分が描かれていない。控えめに言ったとしても、やや弱いと感じた。
映画も原作も、そのミステリーを解くことを主眼に据えてるわけではない。それは分かるのだが…
実在した人物を取り扱う時代劇は苦手だ(笑)。
どうしても、フィクションが実歴史に置き換えられてしまう。
私の中では、アラビアのロレンス(T.E.ロレンス)はピーター・オトゥールの顔。源頼朝は大泉洋、織田信長は反町隆史、清少納言はファーストサマーウイカの顔として刻み込まれている。「イイのか、それで?」と自問しながらも、大脳内でそうなってることは確かなのです(笑)。
再度、なぜ、シェークスピアは、早世した息子の名前を劇作のタイトルに冠し、主役のデンマーク王子の名前にしたのか?
私だったら、研究者や現役の演劇関係者へのインタビューと、実際の『ハムレット』の舞台映像をモンタージュしたドキュメンタリーにして、その謎に迫ろうとしただろう。
…なんて想いも湧きました。

