『過去負う者』舩橋淳監督

試写会で凄い映画を観てしまった。舩橋淳監督作品『過去負う者』。
実際の元受刑者や、元受刑者の採用を支援する就職情報誌の活動を取材。再構築して、舩橋さんが言うところの「ドキュフィクション」という方法で作り上げている。
“取材”“再構築”と聞くと「えっ、再現ドラマ?」みたいに思う方がいるかも知れませんが、とんでもありません。
今までに類を見ない映画技法を使って、問題提起、説得力、感動を余すところなく伝えてきます。
「類を見ない映画」というのは、映画史上にいくつか存在します。
日本では小津安二郎、吉田喜重や鈴木清順の作品群。ジャン=リュック・ゴダールやフェデリコ・フェリーニ(『道』を除く)、香港のウォン・カーウァイと陳果(フルーツ・チャン)などなど。逆に言えば、黒澤映画はハリウッド映画をはじめとする世界のエンターテインメント映画の教科書として、たくさんの“類”を生んでいる(だらか凄いとも言えるのだが)。
日本の受刑者の再犯者率は50%もあるという。刑務所が懲罰一点張りで、更正にまったく力を入れていないこと。日本社会に蔓延る不寛容。『過去負う者』は見事なストーリー展開で、それを白日の下に晒していく。
この映画、台本なしで撮られたという。いわゆる、「箱書き」というストーリー展開があり、役のキャラクターや背景は決まっている。しかし、細かいセリフのやり取りは、撮影現場で俳優たちが作り上げていくという手法だ。
ある作品や作家を評するときに、他の作家の名前を出すことは失礼だとは百も承知で…
ゴダールに近いとも言える。しかし、ゴダールが50年前60年前にやりたくてできなかったことを舩橋さんはやり遂げてしまった。すくなくともやり遂げようとしている、というのが私の評価だ。
主な出演者は、元受刑者役が5人、更正サポート側が4人。全員が矛盾と葛藤の中に叩き込まれる。ステレオタイプな役などひとつもない。皆、素晴らしい演技を見せてくれた。
ワークショップで舩橋さんとやりとりしながら役作りをしていったようだが、「自身と役柄の間に役を創出する」という取り組みになる。ほとんどの役名と俳優名のファーストネームを一致させているのもその狙いからだと思う。撮影期間中は役から抜けることができなかったのではなかろうか…
実はこの映画、ほとんどワンオペで作り上げられている。フライヤー(チラシ)を見ると、「撮影・録音・脚本・編集・監督:舩橋淳」と。
最初、「えっ?」と思った。ハイビジョンカメラ(4Kカメラを含む)の普及と進化によって、ドキュメンタリーは監督ワンオペによる撮影も可能になっている(まだ作品化はできていないが、私自身もトライしている)。
しかし、「ドラマはワンオペでは無理だろう」と、ギョーカイ人なら本能的に分かる(笑)。
…ということは、ドキュフィクションと言いつつドキュメンタリーに近い作品?なんて最初は誤解していた。しかし情報を集めていくと、この作品は間違いなくドラマ(劇映画)なのだ。
一般に“ドキュドラマ”と言った場合は、実際に起きたことを再現してドラマ化したものを指すが、舩橋流“ドキュフィクション”はそれを超えて、台本なしの撮影現場を監督舩橋淳が自ら手持ちカメラを担いでドキュメンタリーの手法で撮ることも含んでいる。
先の読めない演劇空間をドキュメンタリーで記録しているとも言える。
ゴダールにもできなかったこと。凄いことをやっている。
舩橋さんは、前作『ある職場』もドキュフィクションで撮っている。見逃していたことを深~く反省した。
さてさて、台本なしで撮った映画は、編集でどこまで頑張っても、あっちこっちに小さな破綻があるのでは?と思いがちだが、これがまったくない!マジックとは言いたくない。舩橋さんの才能に敬服するばかりだ。
私はよく、「日本は演劇も映画もチェーホフの優等生だから」と言う。これは、「チェーホフの銃」のことで、「誰も発砲しないのであれば、舞台上に拳銃を置いてはいけない」というチェーホフの教えだ。
逆に言うと、舞台上に登場した要素(具体的な小道具とは限らない)は伏線として、ドラマの後段においてその意味を明らかにしなくてはいけないということ。もっとかみ砕けば、前段で伏線を張って後段で解決せよという意味だ。
『過去負う者』では、前段や中段でいつくかの謎が積み残されていく。「真犯人は?」「再犯は起きたのか?」といった。
これらの伏線が最後には実に見事に決着していく。クライマックスは、人によっては、「見るのが辛い」というほど厳しいシーンなのだが、私自身は、そこで伏線が立て続けに解決していくのに一種の快感を覚えるほどだった。
見終わった瞬間に、ドラマツルギーの観点からは、この映画が完全無欠の球体になっていることを感じた。一方で、重大な問題提起を観たものの心に深く刻み込んでいく。
この映画、自信を持ってお薦めします!
●『過去負う者』公式サイト


