「釜炒り茶って知ってますか?」と聞くと、「なにそれ?」という人と、「常識でしょ!」という人と、大きくふたつに分かれるのではないでしょうか。
日本茶(煎茶)は、摘んだ直後に蒸すことで酸化を防いでいます。抹茶の原料になるてん茶から発展しました。煎茶の製法が確立したのは江戸中期。比較的新しい製法とも言えます。
一方、日本にお茶が伝わったのは、奈良時代あるいは平安時代。遣唐使や留学僧が中国から持ち帰りました。茶葉の酸化を、釜で炒ることで防いでいました。これが釜炒り茶のルーツで、今も中国茶の大半は釜炒り製法です(蒸してから炒る焙じ茶とは、まったく違います)。
現在、日本で、釜炒り茶を作っているのは、九州の一部、主に宮崎や熊本です(佐賀や静岡にも少しあります)。関東では知らない人が多いのでは…
日本茶なのになぜかエキゾチック!これが、私が釜炒り茶にはまった理由。
独特の香ばしさに加えて、さまざまなハーブや果物の香りが漂います。
使う品種も煎茶とは異なります。品種別の栽培面積で見ると、現在、75%が“やぶきた”なのですが、やぶきたは煎茶や玉露に適した品種。釜炒り茶には、マイナーな品種を使うことが多いです。
写真は、“みねかおり”の釜炒り茶。宮崎高千穂産です。煎茶のような棒状ではなく、中国茶のように縮れています。ほのかな花の香りがあります。
湯を注いだ直後には、焼き栗のような甘い焙煎香が立ち上り、たまりません!これだけは、茶を煎れる本人だけが楽しめるもので、客人には伝わりません。
一般に、釜炒り茶は煎茶よりも高い温度(=80℃~90℃)で煎れるとされますが、質のよいものは、煎茶並みの温度(=60℃前後)で煎れても美味しいです。香ばしさが、やや後ろに下がって、フルーティな香りが前に来ます。
「日本茶と言えば、蒸し製法の煎茶が王道」と考えがちです。しかし、細々とではありますが、多様性は生き続けています。煎茶でも、やぶきた以外に挑戦する生産者が増えてきているようです。
それにして、「米はコシヒカリ」「酒米は山田錦」「お茶はやぶきた」と、どうして日本人は、あっさりと多様性を棄てて、主流に流されてしまうのか…
稲作は、やっとコシヒカリ一辺倒から脱却しつつあります。
個人的には、山田錦以外の酒米を使った日本酒に出会うと、思わず手が伸びます。
日本茶の世界も、もう一度、多様性を取り戻してほしいものです。品種にしても、製法にしても。
仕事の合間に一息入れる。茶葉を選び、茶碗を選ぶ。温度を気にしながらも、ゆったりと煎れ、ゆったりと味わう。至福の時です。