『ネタニヤフ調書 汚職と戦争(The Bibi Files)』は、緻密で真摯なドキュメンタリー映画

話題のドキュメンタリー映画『ネタニヤフ調書 汚職と戦争(The Bibi Files)』を観てきました。
川崎市アートセンターのアルテリオ映像館。113席の約半分が埋まっていた。平日の昼間としては、まぁまぁの入りだと思う。
原題の“The Bibi Files”は、直接的には、汚職事件がらみの尋問調書、あるいは警察の捜査ファイル(事件簿)を指している。
一方で、「The [Name] Files」は、「極秘文書」や「隠された真実」といったニュアンスを持つので、単なる捜査ファイルを超えた“ネタニヤフの隠された真実”的な意味も持っているらしい。
2024年公開のアメリカ映画だが、アメリカでの公開は未定。イスラエルでは上映禁止になっている。
映画の目玉は、警察がネタニヤフと関係者に対して行った尋問の動画だ。
もちろん警察がみずから尋問動画を公開することはあり得ないの。リークだ。警察または検察の内部関係者によって、数千時間に及ぶ尋問映像が映画の制作陣に渡された。
計ったわけではないが、このリーク映像が映画全体の1/3くらいを占めていると思う。
あとは、関係者へのインタビューと資料映像。ナレーションはない。
最初は、高価な葉巻やシャンパンの“おねだり(収賄)”から始まり、次は宝石。さらに報道メディアへの不当な影響力の行使などが調べられ、今も裁判は続いている。
ネタニヤフが、“おねだり”からガザ虐殺へと向かった必然的とも言える流れや、極右と結託しての民族浄化にも言及。
2人の極右閣僚、国家治安相のベングビールと財務相のスモトリッチが、どれほど最悪なのか。説得力をもって伝わってきた。
邦題には“汚職と戦争”とあるが、警察の捜査が“ネタニヤフの戦争”に及んだことはない。
ただ、関係者たちの証言によって、ネタニヤフにとって汚職と戦争は切っても切れない関係にあることが浮き彫りにされていく。
リーク映像の見ものは、妻・サラと長男・ヤイルに対する尋問だ。
2人とも捜査官に食ってかかるが、しつこく冷静な尋問の前に、少しだけ本当の事を言ってしまう。どちらも単なる証言者ではなく、汚職に直接関わっている。
贈賄側の張本人たちも、かなり真実を言わざるをえなくなっている。
ネタニヤフ自身は、最初はムキになって反論しているが、尋問が進むにつれて、「記憶にない」を連発するようになる。
カメラに向かってのインタビューでは、元ネタニヤフの最側近で選挙参謀だったニール・ヘフェツの証言が圧倒的に力があった。ネタニヤフ家の内情やメディア操作について、つぶさに語っている。
話題が先行してしまい、センセーショナルなだけのドキュメンタリー映画と思われがちだが、実に緻密な調査と取材、そして適切な編集によって、“ネタニヤフの隠された真実”を暴き出している。そして、ドキュメンタリーに対する真摯な姿勢が感じ取れる。
プロデューサーのアレックス・ギブニーと監督のアレクシス・ブルームには、大きな拍手を送りたい。
そう言えば、アレックス・ギブニーは、『エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか? 』では監督を務めていた。よくマイケル・ムーアと比較されるが、マイケル・ムーアが派手な立ち居振る舞いで作品をプロモーションしていくのに比べて、アレックス・ギブニーは緻密に、そして真摯に人間が持つ危うさに迫る。マイケル・ムーアも好きだが、アレックス・ギブニーもまた素晴らしい。アジテーション的な要素はまったくない。
『ネタニヤフ調書 汚職と戦争(The Bibi Files)』は、政治的なだけの映画ではありません。話題はセンセーショナルですが、そこに描かれているのは、人間の強さの裏側にある弱さ、弱さの裏側にある強さなのだと思います。そして、“保身”というやつに付きまとう汚さ。
一見の価値は、絶対にあります。
ご存じの通り、“ネタニヤフの汚職”も“ネタニヤフの戦争”も現在進行形です。
2025年12月現在、ガザでは一応、停戦が成立していますが、イスラエルによるパレスチナ人の虐殺は続いています(死者の総計は、ガザ地区のパレスチナ人が7万103人(2025年11月30日現在)。イスラエル側の死者数は1,974人(2025年10月7日現在))。
ネタニヤフは、2025年11月30日、ヘルツォーク大統領に汚職裁判での恩赦を正式に要請。みずから、「黒」だと認めたようなものだ。

