『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画(The Phoenician Scheme)』ウェス・アンダーソン監督

不思議な映画を観てきました。
監督はウェス・アンダーソン(Wesley Anderson)。現実離れしたストーリーを独特の美的感覚で描く映像作家として知られています。
『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』は、ウェス・アンダーソンの最新作で、撮影は2024年3月から6月初旬。2025年5月18日、第78回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールのノミネート作品として初上映されました。
時は1950年代。強引なビジネスで大金持ちへとのし上がったアナトール・ザ・ザ・コルダ(演/ベニチオ・デル・トロ)は、ライバル企業や各国政府、スパイから命を狙われるが、相次ぐ暗殺計画を生き延びる。
ザ・ザにとって最大のプロジェクトが、フェニキア計画だ。“現代の大独立国フェニキア”に陸海空に及ぶインフラを整備する大規模プロジェクト。しかし、ある妨害により財政難になり、計画は頓挫か… ザ・ザは、修道女見習いの一人娘リーズル(演/ミア・スレアプレトン)を後継者に指名。資金調達と計画推進を目指して、リーズルを連れて旅に出る。
…と、ここまで紹介しただけで、かなり荒唐無稽なストーリーであることは、お分かりいただけたでしょう。ひと言で言うと、リアリズムとは真反対にある映画です。
話は難解ではないが、セリフが多くて速い、おまけに比喩も多いので、字幕を読むのに必死になってしまうところがあった。あとから反芻してみて、「なるほど、そうだったのか!」みたいな箇所が幾つかあった。英語をちゃんと勉強しておけばよかった(笑)。
で、フェニキア計画… なんとなく、最低最悪のトランプの“ガザ=中東のリビエラ計画”を思い浮かべてしまう。古代のフェニキアは、現在のレバノンあたりだが、ガザの少し北とも言える。撮影時期からして、この映画がトランプを皮肉ったわけではないが、最悪の発言を予見していたかように感じた。
舞台となるのは、超豪邸や超豪華な自家用飛行機。パステル調を基調とする美しい空間だ。ウェス・アンダーソンの飛び抜けたセンスが光る。
空間は架空。人物も架空。ストーリーそのものも架空。ところが、ザ・ザの豪邸を飾る絵画は、本物の名画だ。マグリットやルノワールの作品。本物だけが放つオーラにこだわったのだろうか… 学芸員付き添いの撮影、大規模なロジスティクスと厳重な防犯体制など、大変だったようだ。映画作りでは、あまり聞いたことのない苦労話だ。
もう一つの見ものは、トム・ハンクス、スカーレット・ヨハンソン、ベネディクト・カンバーバッチといった、一枚看板にしてもおかしくない大スターが、脇役で出ていることだ。
本作では、特にトム・ハンクスが面白かった! トム・ハンクス、スカーレット・ヨハンソンは、ウェス・アンダーソンの前作『アステロイド・シティ(Asteroid City)』にも出演している。2人とも、ハリウッド映画とは、かなり違う演技を見せているので、これは楽しめる。名優を惹きつける魅力を持つ監督なのだ!
2作に共通するのは、舞台が基本的にシンメトリーな空間で、カメラは左右、上下、前後、真っ直ぐにしか動かない(一か所だけ例外があったが)。見たことのないカメラワークだ(ウェス・アンダーソンは2作しか観てないので、他の作品で、どういうカメラワークを採用しているかは分からないが、近々、全作品を見るつもり)。
『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』。Wikipediaでは、“スパイ・ブラックコメディ映画”と紹介されている。まぁ、そう言えばそうなのだが… どんなカテゴリーにも分類しにくい、“類を見ない映画”と言えそうだ。
前作『アステロイド・シティ』は、伏線と思われる設定が回収されないなど、「投げっぱなし」の展開もあって、それはそれで興味深かったのだが、『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』では、回収すべき伏線は回収している。ラストには、しっかりカタルシスも付いてるし。
穿った見方をすると、『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』は、カンヌ狙いだったのでは…とも。
パルムドールとアカデミー賞作品賞をダブル受賞したポン・ジュノの『パラサイト 半地下の家族』は、それまでのポン・ジュノ作品に比べると、明らかに分かりやすく作られていた。ラストのカタルシスは安易すぎるほどだった。
ウェス・アンダーソンのパルムドールは、次作に持ち越しとなったが…

